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東京高等裁判所 昭和49年(ラ)411号 決定

抗告人 関東いずゞ自動車株式会社

相手方 金洪権

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は、「原決定を取消す。強制競売を開始する。」との裁判を求め、その理由として別紙のとおり述べた。

しかし、本件公正証書第一二条には、「本契約が解除され、甲に返還される車輛の残存価額は、財団法人日本自動車査定協会の査定による査定価格または甲乙両者協議の上定める価格とする」との定めがあり、本件公正証書に基づく請求金額は、右価格の確定をまつてはじめて確定されるものというほかはない。ところで公正証書が債務名義としての効力を有するためには、原決定も説示するとおり、「一定の金額等の支払を目的とする請求」につき作成されたものであることを要し、「それが期限付又は条件付のものであつてもよいが、公正証書上債務者の支払うべき金額等の最大限が具体的に明確にされているか、少なくとも公正証書自体からこれを具体的に算定しうるもの」であることを意味するものである。してみれば、本件公正証書は、前記のとおり、車輛の残存価格については、公正証書自体からは、とうてい具体的に算定することができず、従つて、公正証書上債務者の支払うべき金額等の最大限が具体的に明確にする由もないことが明らかである。よつて、本件公正証書は、解約損害金およびこれに対する遅延損害金の支払を目的とする請求に関しては、債務名義としての効力を有しないものとして、これに基づく強制競売の申立を却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がない(なお、抗告人引用の判例は債務額の一定性を肯認したものであつて本件と事案を異にし、相当でない。)。従つて本件抗告を棄却することとし、抗告費用を抗告人に負担させたうえ、主文のとおり決定する。

(裁判官 浅賀栄 小木曾競 深田源次)

(別紙)

一、本件強制競売申立却下決定の理由は、要するに、浦和地方法務局所属公証人土肥三郎作成昭和四八年第二三七五号公正証書(以下本件公正証書という)第一三条所定の返還車両の残存価額が、本件公正証書面から具体的に算出できない。従つて、民事訴訟法第五五九条にいわゆる一定金額の支払いを目的とする請求につき作成された公正証書ということができないから不適法として却下を免れないとの趣旨と解する。

二、そこで、本件申立債権額を具体的に項目に分けて算出すると、

{(1) 1,650,000円(売渡代金)-(2) 300,000円(頭金)+(3) 564,359円(保険料立替金+割賦手数料)}-{(4) 394,359円(割賦入金)+(5) 971,000円(引取車両の価格)十(6) 161,995円(戻手数料)}= 387,005円(本件債権額元本)となる訳である。

三、すると、右(1) 乃至(6) のうち本件公正証書文面に明記されている数額は(1) (2) に過ぎず、(3) は公正証書文面には直接記載はないが、公正証書第二条の記載からして明らかであり、(4) (6) は同文面には記載がなく、これを算出すべき資料もない。そして、(5) については、決定指示のとおり単に抽象的に算出の基礎を明示したのみで、具体的に数額は掲記されていないのである。

四、しかし、(4) (6) はいずれも債権者が損害賠償債権額の計算上自ら弁済に充当されたものとして進んで控除したものであり、債務者においてその額を争わざる限り裁判上是認されて然るべきものと思料する。もつとも、(5) については(4) (6) と多少異なり本件公正証書第一二条に「財団法人日本自動車査定協会の査定価格又は甲乙両者協議の上定める価格」と抽象的な規定があるので、(4) (6) の現金の場合と同一ではないが、それとても帰するところ、引上自動車の価額算定の方法を指示したまでのことであつて、実質的には差異があるものではない。そして、もし、査定等に異議があるときは、別途に請求異議訴訟等の手段によつて救済を求めることができるのであるから、執行裁判所としては、単に執行開始の要件として適法な債務名義の存在を確認すれば足りるものと考える。(参照東京高、昭和四四、四、二決定)

五、本件却下決定においては、本件公正証書第一三条中修理代残金、部品代、自動車税についても論及しているが、右申立については、それらの請求はしていないのみならず、仮に、それが本件公正証書の解釈上関連があるとしても、前項の趣旨と同一に解する。

なお、本件債権額中遅延損害金の点については、元本に対するものと同一であるものとして省畧したのである。

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